大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和54年(わ)5225号 判決

主文

被告人堀本勝彦及び被告人住友孝志をそれぞれ禁錮一年六月に処する。

被告人堀本勝彦に対し、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人鈴木生実、同駒井達彦、同谷浦勲、同村上久雄及び同福西治に各支給した分(ただし、証人駒井に支給したもののうち昭和五五年八月二七日出頭による分を除く)は、その二分の一ずつを被告人堀本勝彦及び被告人住友孝志の負担とする。

被告人堀本勝彦に対する本件公訴事実のうち労働安全衛生法違反の点について同被告人は無罪。

被告法人大幾鉄工株式会社は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

一、被告人堀本勝彦は、昭和四三年一月ころ社団法人日本溶接協会からガス溶接技能講習修了証書を受けるなどしたうえ、鉄骨組立加工業を営む大幾鉄工株式会社に工事主任として勤務し、鉄骨組立工事等の施工及びこれに伴う電気溶接、ガス溶断等の業務に従事し、同会社が請負つた大阪市阿倍野区美章園一丁目一番二号所在の住吉ゴム株式会社本社工場の鉄骨造り三階建一部四階建建物内の資材運搬用簡易リフトの補修工事を担当していたものであり、被告人住友孝志は、ウレタンフオームの加工販売業を営む右住吉ゴム株式会社の工場部門の責任者として、同社工場の機械設備の維持管理並びに易燃物であるウレタンフオームの取扱保管及びこれに伴う火災の防止等の業務に従事し、被告人堀本らの前記補修工事の施工に立会い、これを監視していたものである。

二、昭和五四年五月二一日午後二時ころ、人の現在する前記建物の四階東側リフト昇降用通路(縦、横各一メートル半程度)開孔部において、前記補修工事の一環として、リフト懸垂用ワイヤロープを懸ける滑車を大きいものに取替えるため、被告人堀本は、右滑車のフツクを引つ掛ける鉄板(厚さ約一〇ミリメートルでリフト昇降用通路天井部の梁の中心部に取付けられていたもの)の穴(直径約三センチメートル)を新しい滑車のフツクの太さに適合させるため酸素アセチレン火炎の出るガス切断器で拡大溶断しようとし、被告人住友は右開孔部付近で右拡大溶断作業に立会いこれを監視していたのであるが、そのさい、同建物一階の右リフト昇降用通路の最下部には、縦、横各一・二、三メートルくらい、高さ約二・五メートルの、鉄骨で枠組みした箱型リフト用ケージが留めおかれ、右ケージは底部が板張りのほか高さ一・八メートルのベニア板で背面及び両側面の三方を板囲いしてあるだけであつて、その三方の上部約七〇センチメートルの周囲は枠組のみで隙間が生じており、その西側正面は全く開放されているうえ、右リフト昇降用通路の一階部分も、西側は床面から高さ三メートル半ぐらいの天井部まで全く開放され、北側は床上約二・七メートルまで、南側は床上一・八メートルまでの部分がベニア板の壁となつているだけでその上方は右天井部まで空間となつており、しかも右一階には、右リフト昇降用通路に近接して、その西南方及び南方の床面や棚の上に大量の易燃性ウレタンフオームの原反及び同半製品等(以下ウレタンフオーム原反等という)が山積みされていて、右溶断作業に伴つて発生する多量の火花(赤熱溶片)が四階作業現場から約一〇メートル下の右ケージ上部の梁や枠あるいは底部に落下して周囲に飛散し、これらウレタンフオーム原反等に接触着火して火災を発生させる危険があつた。

三、被告人堀本は、右ウレタンフオーム原反等の大部分につき何かが存在するということを知つていたばかりでなく、右の溶断作業の開始にあたり、溶断火花が落下飛散する可能性のある範囲内に可燃物や易燃物がないかどうかを、自らまた立会の被告人住友に説明を求めて確認すべきが当然であるなど、右範囲内に易燃性のある大量のウレタンフオームが存在し、落下飛散する火花がこれに接触着火して火災になるかもしれないことを十分に予見することができた。このような場合被告人堀本には、右作業の開始に先立ち、被告人住友に要請して右原反等を安全な場所に移動させしめ、あるいは自ら四階リフト昇降用通路の開孔部を歩み板等で覆いつくすなど、溶断作業に伴つて発生する火花が右原反等に接触するおそれのない措置を講じなければならず、そのような措置が講じられていないままでは溶断作業を開始してはならない前記業務上の注意義務がある。

四、被告人住友は、被告人堀本において溶断作業を開始すれば多数の溶断火花(赤熱溶片)が落下飛散することを知つており、また、当時一階に存した易燃性のあるウレタンフオーム原反等の大部分につきその存在状況を把握していたばかりでなく、これに追加して納品のあることもわかつていたから右作業の開始にあたり今一度その存在状況を点検すべきは当然であるなど、落下飛散する火花が易燃性のある前記ウレタンフオーム原反等に接触着火して火災になるかもしれないことを十分に予見することができた。このような場合被告人住友には、右原反等が易燃性のあるウレタンフオームであることを被告人堀本に告げたうえ、その溶断作業開始に先立ち、自らこれを安全な場所に移動させるか、あるいは被告人堀本に要請して四階リフト昇降用通路開孔部を歩み板等で覆いつくさせるなど、溶断作業に伴つて発生する火花が右原反等に接触するおそれのない措置を講じなければならず、そのような措置が講じられていないままでは被告人堀本をして溶断作業を開始させてはならない前記業務上の注意義務がある。

五、しかるに、前記時刻ころ前記四階のリフト昇降用通路開孔部において、

(一)  被告人堀本は右三の業務上の注意義務をつくすことを怠り、なんら同記載の措置を講じないまま、右開孔部に巾約三〇センチメートルの歩み板を足場用に二枚渡しただけの状況のもとに前記鉄板の穴の拡大溶断作業を開始、継続した過失により、

(二)  被告人住友は右四の業務上の注意義務をつくすことを怠り、なんら同記載の措置を講じないまま、被告人堀本が右状況のもとに右作業を開始、継続することを許容し、同被告人をしてこれを行なわさせた過失により、

右作業で発生落下した多量の溶断火花(赤熱溶片)を一階リフト昇降用通路の周辺に飛散させその一部を同所にあつた前記ウレタンフオーム原反等に接触着火させて急速に燃え広がらせ、さらにその火を岸上善治郎らが現在する住吉ゴム株式会社所有の前記三階建一部四階建の建物(床面積合計四百数十平方メートル)に燃え移らせ、よつて、右建物を全焼させてこれを焼燬するとともに、当時同建物内にいた岸上善治郎(当時五五歳)、小澤万次郎(当時六一歳)、丸野リウ(当時五七歳)、狩野誠子(当時五二歳)、田中ツギ子(当時五三歳)、北野敏子(当時五三歳)及び青谷竹男(当時四三歳)の計七名を、いずれもそのころ同建物内二階で一酸化炭素中毒により死亡するに至らせたものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

罰条 被告人堀本及び同住友の各判示所為中

業務上失火の点は いずれも刑法一一七条ノ二前段(一一六条一項)、罰金等臨時措置法三条一項一号

業務上過失致死の点は いずれも各被害者ごとに刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号

科刑上一罪の処理 右被告人両名について

いずれも刑法五四条一項前段、一〇条(いずれも一罪として刑及び犯情の最も重い小澤万次郎に対する業務上過失致死罪の刑で処断)

刑種の選択 右被告人両名の罪について

いずれも禁錮刑

刑の執行猶予 被告人堀本について

刑法二五条一項

訴訟費用 右被告人両名について

いずれも刑訴法一八一条一項本文

(無罪となる公訴事実の要旨)

被告人堀本に対する労働安全衛生法違反の公訴事実及び被告法人大幾鉄工株式会社に対する本件公訴事実の訴因は、「被告会社大幾鉄工株式会社は鉄骨組立加工等の事業を営むもの、被告人堀本は同会社の従業員であるが、被告人堀本において、被告会社の業務に関し、昭和五四年五月二一日午後二時ころ、大阪市阿倍野区美章園一丁目一番二号所在住吉ゴム株式会社本社工場の一部四階鉄骨造り三階建建物の四階東側リフト昇降用通路開孔部において、被告会社が請負つた資材運搬用リフトの補修工事を施工するにあたり、右リフト昇降用通路の最下部には開放された西側開口部に面して高さ二・五メートルの鉄骨で枠組みした箱型リフト用ケージが留め置かれており、右ケージは底部が板張りのほか高さは一・八メートルのベニヤ板で背面及び両側面の三方を板囲いしてあるだけであつて、その上部約七〇センチメートルの周囲は枠組みのみで四方に隙間が生じており、しかも右リフト昇降用通路に近接して一階資材置場の南側床面や東側の棚上などに易燃性の物であるウレタンフオーム原反が多量に山積みされ、溶断作業に伴つて発生する多量の火花が右四階作業現場から約一〇メートル下のケージ上部の梁や枠あるいは底部に落下すれば周囲に飛散してこれらウレタンフオームなどに接触引火して火災が生ずるおそれがある場所であつたのにかかわらず、リフト昇降用通路天井部の梁に取付けた鉄板を溶断するため、火花を発して点火源となるおそれのある機械である酸素アセチレンガス切断機を使用して右鉄板のガス溶断を行なつたものである。(労働安全衛生法二〇条二号、一一九条一号、一二二条、労働安全衛生規則二七九条一項該当)というのである。

(右各公訴事実につき無罪の理由)

本件溶断作業の当時本件建物の一階にはリフト昇降用通路に近接して多量のウレタンフオーム原反等が置かれていたことは前判示のとおりである。このうち右作業開始直前ころに谷浦が搬入した一部のもの以外はすでに当日午前中から置いてあり、当日午前中一階でリフトの補修工事に従事した被告人堀本は、ウレタンフオームであることを知つていたか否かは別として、その存在に気付いていた。

労働安全衛生規則二七九条一項にいう「(多量の)易燃性の物」とは、同規則二六五条にいう「可燃性の物」よりもさらに限定された概念であつて、例えば木毛、かんなくず、紙くず、乾燥わらなどのように「着火しやすく、燃え広がりやすいもの」のことであり、ウレタンフオーム(正確にはポリウレタンフオーム)も難燃性の特別のものを除きこの意味での易燃性の物に含まれると認められる。

そして検察官は、一階にあつた多量の原反等が易燃性のあるウレタンフオームであることを被告人堀本が認識していたようにも主張する。しかし、この主張は証拠調べの結果に反しておりとうてい採用することができない(山口弘の第一四回公判の証言には、「大幾鉄工の堀本さんにね、工事(これは本件前に行なわれた住吉ゴムの建物の解体、組立工事のことを指している)の最中にですね、一、二階に燃え易いウレタンがあるので……と何度も言うたと。」との検察官の質問に対し「それは言いましたよ。」と答えている部分があるが、検察官の右質問に「ウレタン」とあるのはたんなる誤導に過ぎない。)。むしろ証拠調の結果を総合すれば、右原反等がウレタンフオームであることを同被告人が知らなかつたことが明らかである。

そこでさらに進んで、ウレタンフオームであることは知らないながらも、同被告人に右原反等の易燃性に関する認識があつたか否かを検討するに、結論として、同被告人は「住吉ゴムという社名などからしてゴムとかスポンジ(スポンジゴム)のようなものであり、これらは可燃性がある」という漠然とした意識があつたのにとどまり、易燃性のものであることを認識していたとまでは認められない。

消防法九条の三は「わら製品、木毛その他これらに類する物品で火災が発生した場合にその拡大がすみやかであり、もしくは消火の活動が著しく困難となるものの貯蔵又は取扱いの技術上の基準は、市町村条例でこれを定める」とし、ゴム類及び合成樹脂類(発泡させたもの及びその他のもの)は、消防法上も後記条例上も危険物や準危険物として取り扱われていないけれども、右消防法の規定によつて定められた大阪市火災予防条例三六条において、特殊可燃物との名のもとに綿花、木毛、かんなくず、紙くず、乾燥わらなどと同列の取扱いを受けており(ただし、右引用にかかる消防法の規定の前段の性質に着目したことによるのかそれとも後段の性質に着目したことによるのかはわからない)、また消防法一七条一項、同法施行令第二章において、同じく特殊可燃物との名のもとに右と同様の取扱いを受けている。しかし、木毛、かんなくず、紙くず、乾燥わらなどの燃えやすいことは誰もが知つているが、ゴムとかスポンジ(スポンジゴム)という呼名で一般に観念されるようなものが易燃性であるのかどうかといつたようなことは、特別にそういつたことを勉強し、あるいは体験するなど個別的な学習を経た者でないとわからないことであり、社会人の常識として定着しているとはけつしていえないと考えられる(ウレタンフオームにしたつてそうである)。そして、同被告人がそのような学習を経ていると認めるべき根拠は何もない。

同被告人は、本件建物一階にあつた多量の原反等が易燃性のものであつていつたんこれに火が着いて火災になつたとすれば、もつとも脱出困難な四階のリフト開孔部において、一足脱出が遅れれば同僚青谷と同様死を免れ難い状況のもとに鉄板の溶断作業を行なつたものであり、しかもその作業中、下の方から煙の上つて来ているのを認め、溶断の火花が右原反等についたのではないかと考えたときにも、「(下の方で)どこかくすぶつているみたいや。一寸見て来る。」などと言い、作業の補助をしていた同僚の青谷を右作業現場に残したまま、確認のため自分一人だけ階下へ様子を見に行つており、こうした同被告人の言動は、同被告人が右原反等の易燃性を認識していなかつたからであるとみて差支えがないであろう。このうち前者の行動については、溶断火花の火力が落下途中で減弱すると考えたからでもあるとの同被告人の捜査段階における供述もあるが、現実に落下する火花を観察した同被告人が本当にそのように考えていたのかは疑問でもあり、やはり易燃性についての認識を欠いていたからこそではないかとみるのが相当である。

もつとも、同被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書中には、一階に置かれていた多量の原反等の性質につき「可燃物であることはわかつていた。」とか「可燃性のあるスポンジ製品であることはわかつていた。」などと「可燃」との表現が用いられているほか、「引火性の強い」、「燃えやすい」とか「いかにも柔かい火に弱そうな」という表現も随所で用いられているのであるが、現に右大量の原反等が急激に燃え広がるのを目の当たりに見、その結果本件の大惨事に至り、これに対する責任を痛感していた同被告人が、事故発生当日から逮捕、勾留されて警察官や検察官の取調を受け、その身柄拘束中に供述調書を作成される場面において、物語の流れの中で右のような易燃性と結びつく表現を用いることを承認して供述調書に署名押印したからといつて、これによりただちに易燃性の認識があつたと断定することは困難である。右認識のあつたことは同被告人が公判廷で否定するばかりでなく、右各供述調書中においても、「しかしそれほど引火性の強い物だとはわからなかつた。」「住吉ゴムの人が、ウレタンフオームという石油製品であり、とにかく火に弱いものだ、と事前に説明してくれておれば、私ももつと真剣に安全策を講じられたものと思つている。」「可燃物であることをひと目見てわかつていたが、それほどまで火に弱いということまで知識もなかつた。」(以上司法警察員に対する供述調書)、「可燃物であることはわかつていた。しかし、それほど引火性の強い危険物であるとは判断していなかつた。」「これほど一瞬のうちに火の海となるような危険物であることがもつと正確にわかつておれば、溶断作業自体をちゆうちよしていたはずである。」「住吉ゴムの者から事前の注意や指示があればもつと慎重に配慮していたかもわからない。」(以上検察官に対する供述調書)などの記述があり、これらの記述は、同被告人の易燃性の認識を否定するのにむしろ左袒するものと考えられる。

また、証人山口弘の証言は結局のところ「以前の解体、組立の工事にさいし、住吉ゴムの建物の中には燃えやすい物があるから注意するようにということを工事従事者に何回も言つており、その中に被告人堀本もいたと思う。」ということに帰着する形になつているが、本当に被告人堀本に言つたのかどうかはそこに至るまで終始あいまいであるばかりでなく、証言の初めのころでは、解体工事にかかる最初の段階で言つたとなつており、その段階では同被告人は現場での作業に従事していなかつたことが他の証拠で明らかであるなど、右証言は、同旨のことを認めている同被告人の捜査段階における供述と同様、同人からその旨を聞いた事実はないと断言する同被告人の公判廷における供述と対比して十分に信用できるとは言いがたい。仮に右山口が右組立工事の段階で工事に従事していた同被告人にも聞こえるようにその旨の注意をした事実があつたとしても、当時は右山口ら元請会社の者において、建物内の残置物件(仮操業所へ運び残した什器類及びウレタンフオーム)は防災シートで覆い、その上に水をかけるなどして十分の養生をしている(なお、なんらかの可燃または熱で汚損する物さえあれば火花の出る溶接、溶断の作業に対しこの程度の養生をしても当然ではなかろうか)のであるから、鉄骨工事に従事する者としてはその中味に関心を持つ必要がなく、またそれ以上に火気に注意するといつてもほとんど無意味で聞き流してしまつても不思議ではなく、したがつて、その時に聞いたことが記憶に残り、ことさらそれがよみがえり、本件当日の作業にさいし同被告人をして一階に置かれていた原反等の易燃性を認識させたと結びつけることには疑問の余地が多い。

なお、同被告人は、右山口ばかりでなく、大幾鉄工の大内稔社長からも以前の組立工事の段階で右同旨の注意を受けたと捜査段階で供述しているが、この点も公判廷で否定するところであり、右大内からはそれに副う供述は一切得られていない。最後に、本件当日午前中に住友が一階でベニヤ板一枚をリフト昇降用通路の側面に挿入した(ただしその後外している)との検察官指摘の事実は、通常の養生としても当り前のことであつて、被告人堀本をして原反等の易燃性を認識させるだけの事情とはならない。

なお付言するに、被告会社の代表者である大内稔が本件溶断作業現場やその周辺の状況をなんら具体的に把握していなかつたことも証拠上明らかであり、同人は、右現場が多量の易燃性の物が存在して火災が生じるおそれのある場所であり、本件溶断作業をすることがその点火源となるおそれのあることを知らなかつたものと認められる。

以上のとおりであるから、前記各公訴事実については被告人(従業者)堀本の故意の点において犯罪の証明がないものというべく、刑訴法三三六条により無罪の言渡をする。

(量刑に関して)

建物を全焼させ、七名の死亡者を出した本件事故の結果の悲惨かつ重大であることはいうまでもなく、直接火気を取扱つた被告人堀本、及び、易燃性のウレタンフオームを管理しその近辺における火気の使用につき十分注意すべきであつた被告人住友の各責任はいずれも重い。

しかし本件は、易燃性のウレタンフオームを大量に取扱う加工工場で、現に保管中の大量のウレタンフオームの近辺においてずさんに火気が使用され、右ウレタンフオームが燃え出してまたたく間に大火災となり、同工場で働いていた多数の人などが死亡した点にその特徴があり、同工場の側における労災事故としての色彩がきわめて濃い事案である。現に操業中の建物の中でその専門家として火気を用いるにあたり、いかにも安易に過ぎた点で被告人堀本の責任も重大であるが、長年右工場で働き、工場部門の責任者としてウレタンフオームを管理し、その防火にも心がけるべき立場にありながら、そして本件当日の堀本の作業に終始立会い、本件の鉄板穴拡、大溶断の作業により多量の溶断火花が落下飛散するであろうことをすでによく知りながら、なんらウレタンフオームの防災に心を配ることなく、堀本をして火気を使用させた被告人住友の責任は、同被告人が溶接、溶断の素人であつたこと及び岸上社長の存在を考慮しても、たまたま外部から工事に来て易燃性のウレタンフオームであることを知らないまま、工場の責任者である住友の立会のもとに火気を使用した被告人堀本の場合と比較し、より重大であるといわなければならない。

ことに同被告人は、昭和三八年ころ当時椎寺町で操業中の住吉ゴムが火災となつたさいにウレタンフオームのおそろしさをいやというほど体験していたものであり、また、本件で第一次的に発火したのは当日午後一時半ころ以降に谷浦が納品した半製品であつたと認められるところ、同被告人は右谷浦がウレタンフオームの納品に来たことを知つており、その納品により、午前中からすでにあつた大量のウレタンフオームに加え、リフト昇降用通路により近いより危険な場所にさらに追加して置かれるのではないかということを予測し得たものである。また、本件建物は新築のうえ本件直前ころの昭和五四年四月二二日に移転操業を開始したばかりであつたが、従来住吉ゴムでは、冬の真最中でも事務所以外には暖房も入れないというきびしい条件のもとにお互い火気には十分注意しながら操業していたのであつて、そうした仲間たちを、責任ある立場にありながら、あまりにもずさんな、怠慢にも怠慢すぎる過失で多数死亡させた責任は同被告人においてこれを痛感しなければならないところである。

求刑に表われた検察官の見解や各弁護人の弁論にもとづき十分検討したが、当裁判所は以上のような見地に立ち、被告人住友の刑責の程度がより重いと考え、被告人堀本に対しては刑の執行を猶予するが、同住友については禁錮の実刑を免れ得ないと判断するものである。平素から気が弱く、いわばあかんたれの被告人住友のことであり、一年六月の禁錮の実刑に服することは、その本人にとつても、また家族にとつてもきびしいものがあると考えられるが、本件溶断作業の途中で気になつて一階まで降りて来たのが今少しおくれておれば同被告人自身も死を免れ得なかつたであろうことや、七人の死者のことに想いをいたせば、同被告人は従容として右刑に服し贖罪の実をあげなければならない立場にあるといえるであろう。

よつて、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例